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涙腺崩壊


先日、友に勧められて、慌ただしくも「この世界の片隅に」を観てきました。いわく、今は、とても大手が制作する有名なアニメもあるけれど、クラウドファンディングで制作されたこのアニメも同じように、あるいはそれ以上に、観る価値がある、と。戦争に関するものということで、少しためらったけど、実際、心に重くなかったわけではないけれど、今、この映画を紹介してくれた友に感謝。

何の罪のない市井の人の他愛もない日常に迫る、戦争。

人が人を殺す。

人は、いとも簡単に、命を奪われたり、手足を奪われたり。

昨日まで普通に元気に暮らしていても、明日には、姿がなくなる人々。

皆、誰かにとってかけがえのない人。子供であれ、親であれ、伴侶であれ。

とりわけ、民間人に対する攻撃なんて、正当化されないのではないか。

戦争のむごさに、人々の苦しみ悲しみに思いをはせると涙が止まらない。

(涙腺崩壊。映画館で見るべきではなかったのかも。。。)

今、戦後70年、平和な時代に生きらていることを有難く思う。その前の70年には、日本も多くの戦争の当事者となった(例えば、1894年、1904年、1914年、1941年)のであり、その時代を生きた人々は、きっと多くの苦しみ悲しみを背負わされてきたのだと思う。

残念ながら、この有難みが当然のようになって、日常、忘れかけてしまっている。この映画は、とても大事なものを改めて認識させてくれるものとなった。決して押しつけがましくなく。大事なものを忘れたときに、大事なものを失うのかもしれない。

戦争なんて、どちらかが正義でどちらかが悪でもないし、ましては理性ではないので、正義が勝つのではなくて、強い方が勝つ、さらには、勝った方が強い。そして歴史は勝者が書き換える。偉い人は戦争を決めるけど、苦しみ悲しみを背負うのは市井の人。

将来のこの国の(あるいは世界の)子供たちのためにも、戦争をしない国であるための「制度的な保障」を守り続けなければいけないのではないかと強く思う。戦争の足音が少しでも聞こえるようになってからでは遅すぎるのは、歴史が示すとおり。

押し付けられたものという人もいるけれど、憲法9条には、命を落とした人を含め、人々の平和の祈りが込められていると思えてならない。
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
平和を享受して日常をすごしているだけでいいのか、微力でも何かできることはないのか、少しの課題を頂いた気もしました。







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