プロダクト・バイ・プロセスによつて特定されたクレームの権利解釈(製法限定説・同一性説)
なお、問題となったクレーム(訂正後のクレーム)は次のとおりです。
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること、を含んで成る方法によって製造される、
プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
物のクレームですから同一性説を基準に考えるべきという立場は正しいようにも思えます。また、同一性説は、製法限定を無視する説ではありません。あくまで、クレーム中の製法によって特定された物との同一性を要求する説です。この意味で、構成要件を無視するものではありません。しかし、この「同一性」をどのように判断するべきか、という悩ましい問題を多くの実際の事件で生じさせており、実際に同一性説にたち、クレーム中の製法とは異なる製法で作られた物に対して、権利行使を許容した事案は管見の限り、ありません。
製法限定説は、そのようなクレーム中に記載された製法と同一の製法で作られていなければ侵害とする立場です。これはこれで、一理あるかと思います。米国のCAFCはこの立場に統一しました。
少しの論点は、「XXという方法で製造できるYY」とするのと「XXという方法で製造したYY」と記載するのとでは、本来的には意味が違うはずで、前者は、同一性説に親和的で、後者は、製法限定説に親和的です。これは、あるいみ、忠実なクレーム解釈であるとは思いますが、そのような切り分けを試みる裁判例は無かったと思います。欧州特許庁の審査基準では、前者(obtainable型)であっても、後者であっても(obtained型)、審査においては、同一性説に立つことが明言されております。
もうひとつのきりわけは、製法限定説から出発して、「どうしても製法によらなければ記載できないという特段の事情があれば」、同一性説を顧みる余地があるという立場があります。今回の事件の下級審である、平成19年(ワ)第35324号 特許権侵害差止請求事件(平成22年3月31日判決言渡)(判決文)も、以下に抜粋するとおり、その立場です。
「特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから、物の発明について、特許請求の範囲に、当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず、あえて物の製造方法が記載されている場合には、当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で、一定の化学物質等のように、物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは、技術上否定できず、そのような場合には、当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって、物の発明について、特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には、原則として、「物の発明」であるからといって、特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。」
しかし、「どうしても製法によらなければ記載できないという特段の事情」というのがそもそも基準として明確なのか、極めて疑問です。また、この立場は、クレームに製法を記載した以上、当該製法に拘束される、というものですが、同一性説は、当該製法を無視する説ではないので、根拠もやや不分明かと思います。
ただ、同一性説を出発点にして、議論しても、結局、異なる製法でつくった物に対して、「同一性」を如何に判断すべきか、さらには、「同一性」がないときに、均等論をどのように考えるべきか、など、ややこしい問題もあり、ほとんど解決力のある説ではないという批判もあります。実効的に、製法限定説と同じようなアウトプットになろうかと思います。ただ、「先ず、A層にB層を重ね、次にB層の上にC層を重ねる、ことにより形成される3層シート」なんかでは、先ずB層にC層を重ね、B層の下にA層を重ねるという、被疑侵害者に対して、「同一性説」ならば権利行使ができそうです(層の重ねる順番に重要性が無いと仮定します。)。こういうのも製法限定説ならば、権利行使はできなくなります。このような解釈を正当化するには、そのような不適当な限定を有するクレームを書いた本人が悪いという帰責性ということになるでしょう。
いずれの解釈によるとしても(とりわけ、同一性説に立つ場合)、審査経過は参酌されることは必要でしょう。ただ、プロダクト・バイ・プロセスの場合にのみ、審査経過を重要視することになるのは、他の場合とのバランスが問題となると思われます。